イエレン氏は2014年3月のFRB議長として初めての記者会見で、発言が早期のゼロ金利解除を示唆したと受け止められて以来、市場に言質を与えない慎重な発言を続けてきた。しかし今回は利上げ開始時期をめぐる判断材料が複雑さを増すなか、思わず口をすべらせてしまったかたちだ。
【堅調な雇用統計】
堅調な拡大を続けてきた米国市場は4月29日に発表された1~3月期の成長率が年率換算で前期比0.2%となり、14年10~12月期の2.2%から大きく減速した。寒波や西海岸の港湾での労働争議による物流の乱れなどが要因で、最短で6月にも見込まれてきた利上げ開始の可能性は一気に小さくなったとみられている。
一方、5月8日に発表された4月の雇用統計は堅調な結果だった。景気動向を敏感に反映する非農業部門の就業者数は22万3000人増で、20万人の大台を2カ月ぶりに回復。米国経済が1~3月期の足踏みから抜け出したとの印象を強めた。
FRB内でも米国経済の堅調さに注目する声が上がっている。シカゴ連銀のチャールズ・エバンス総裁(57)は7日、米メディアとのインタビューで4~6月期の成長率は3%まで回復するとの見方を強調。6月の連邦公開市場委員会(FOMC)も含め、「今後FOMCを開くごとに政策金利について話し合うし、利上げ開始のプロセスが始まる可能性がある」と述べた。
イエレン氏は2014年3月のFRB議長として初めての記者会見で、発言が早期のゼロ金利解除を示唆したと受け止められて以来、市場に言質を与えない慎重な発言を続けてきた。しかし今回は利上げ開始時期をめぐる判断材料が複雑さを増すなか、思わず口をすべらせてしまったかたちだ。
【数多くのハードル】
ただしイエレン氏の胸中は複雑だ。4月の失業率は5.4%で08年5月と同水準の低さだったが、フルタイムでの勤務を望みながらパートの仕事しか見つからない人の数は08年4月当時より130万人以上多い。6カ月以上の失業者数も約100万人高い水準にとどまったままだ。
さらに4月の賃金上昇率の前年同月比2.2%も、リーマン・ショック前の水準である3%台には及ばない。労働経済学者としての実績でも知られるイエレン氏にとって、景気回復の恩恵が労働者の生活改善に結びついていない実態は無視できないものだろう。
またドル高基調や原油安が物価を引き下げている事態も見逃せない。2月の個人消費支出(PCE)物価指数は前年比0.33%増で、目標とする2%からはほど遠いのが現状だ。エネルギーと食料品を除いたコアでも1.37%増で、物価上昇率が2%に近づくと判断できる「合理的な確信」が得られているとは言い難い。
FRBは米国経済が中期的には1~3月期の低迷から抜け出していくというシナリオを描いており、4月の雇用統計の好調さや4~6月期の成長率への回復期待はそうしたシナリオと一致しているといえる。ただし利上げ開始に至るまでは数多くのハードルが残っていることも事実で、利上げ開始時期をめぐるイエレン氏の悩みは今後も深くなりそうだ。(ワシントン支局 小雲規生)